強者弱者(119)

蟲籠

 更闌け人定まりて後大路を行くに、門の戸かたく鎖したる家の奥より、縁日にて買ひたりとおぼしき鈴蟲の声をかぎりに鳴きしきりたる、蟲籠の華奢なるを枕頭に侍らせて、短き夏の夜の夢に入りたるよき人を偲ばしむ。
 若き婢の不注意にて昼の間とりにがしたる鈴蟲の、夜に入りてふと店頭に鳴き出でたるを、お気に入りの小僧が捕へたる、廂越しにほのめき出でたる月の光をまともにうけて微笑める町の少女、中形の浴衣心地よげに唐人髷の姿艶なるもうれし。

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この文章には珍しく具体的な情景が描かれています。あるいは秀湖が実際に体験したエピソードなのかも知れません。

「婢」(ひ)とは、現在では使用することに問題があるかも知れませんが、召し使われる女性のこと。女中という言葉も適切ではないので、「お手伝いさん」と呼ぶことになっています。

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